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「露地栽培で綺麗で美味しいものを作るのは難しい」 持続可能な未来を守る柑橘農家の大黒柱のポリシー【緑の里りょうくん】

宮崎県の南部に位置する日南市。温暖な気候、全国有数の日照時間の長さに恵まれた地域では、極早生(ごくわせ)温州みかんの元祖「日南一号」が生まれるなど、昔から柑橘類の栽培が盛んだ。

そんな土地で親子3代続く柑橘農家の田中良一さんの果樹園では、春頃には国内では珍しいグレープフルーツや日向夏、秋から冬にかけて温州みかんやレモンなど、四季を通じて10種類以上の柑橘類を栽培している。見た目の美しさよりも美味しさを追求する田中さん。独自の栽培方法で収穫された生産物への評価や信頼性は高く、全国の名だたる企業や飲食店からの引き合いが後を絶たない。

通常、贈答用や小売で販売される機会が多いため、見た目の良さが味の良さと同様に求められる青果物。そうした従来の栽培方法と一線を画する田中さんのポリシーはなぜ生まれたのか。そこには、持続可能な一次産業経営の実現に向けて試行錯誤を繰り返してきた歴史と、息子のように愛おしむ故郷への思いがあった。

ミツバチの足跡が美味しさの秘密

日南市の中心部から10キロほど離れた山あいの大窪地区で、田中さんが代表を務める農業生産法人「緑の里りょうくん」。農園の広さは実に東京ドーム約3個分。取材をした作業場兼出荷場の周辺だけでも、黄色に色づくグレープフルーツの果樹園が、見渡す限り一面に広がっている。

「うちのような露地栽培で、見た目も綺麗で美味しいものを作ることは両立しないと思っています。今までの見た目が良いものを作ろうという考え方からすると方針も真逆です」と話す田中さん。同園で生産する青果の出荷時期は他の農家の出荷時期から一ヶ月以上遅くなることが珍しくない。それは“樹上完熟”という美味しい柑橘作りを追求した独自の栽培方法によるからだ。

「メロンやみかんをしばらく放置しておくと、ヘタの部分からクラッキング(ひび割れ)が出てきます。実は、あれは食べ頃のサインなんです。その反面、その部分から菌が入りやすくなってしまうので傷みやすく、一般的にはクラッキングができる前に収穫してしまうんですね。しかし、私たちは一番美味しい状態のものを届けたいので、クラッキングができかけた頃まで待って、ようやく収穫するのです」

樹上完熟の他にも、美味しさにこだわるための労力は一切惜しまない。一般的な農家では膨大な量の生産物を大きさごとに選別するため、選別機を利用する。しかし、田中さんの農園では選別機内での落下による傷みや味の劣化を少しでも防ぐため、全て手作業で仕分けを行っている。さらに「できるだけ農薬を使いたくない」と、13年前から約60%農薬の量を減らした。ツヤ出しに使われるワックス不使用なので、グレープフルーツは安心して皮までまるごと美味しく利用することができる。

11月頃に出荷し、糖度が平均で15、16度、時期や年によっては17、18度の値が出るという、温州みかん種のオリジナルブランド「みつばちみかん」。みかんの花の香りに集まったミツバチの足跡が果皮に残ることがネーミングの由来だ。市場では規格外品と判断されるミツバチの足跡も、外見ではなく美味しさをなによりも大切にする証となっている。

皮を剥がせば、美味しく食べられる 六次化で守るこれからの農業

「戦後から今まで果物は嗜好品というイメージが強く残っています。そのため、台風の際に風に揺れる枝葉で表面が傷つかないようにする剪定作業や農薬の散布など、その栽培には多くの手間とコストが必要です。そんな構造や意識を変えるため、農薬を少なくして、作業手順の省略化を進めてきました」

作物の外観の程度によって販売ルートを区分し規格外ものでも販売できる体制を構築。見た目の悪い作物に関しては果汁やピール、香料などに加工し、見た目が良い3割ぐらいのものだけを嗜好品用として出荷している。どんなに外観が悪くても捨てるものが一切ない生産体制への転換を図ったきっかけは、柑橘農家として長年苦労してきた数々の苦い記憶だ。

「過去最高に美味しいミカンができた年があったのですが、その年に相次いだ台風の被害により、収入を8割近く失った経験も。また農産物はその年がいくら豊作でも、みんな同じ時期に出荷してしまうので、価格が暴落してしまう恐れもあるんですよね」

生産物の六次化を進めると同時に、「見た目の美しさと美味しさは比例しない」という自身のポリシーを全国の展示会や商談会で訴え続けてきた。

「一次産業では買い手側が取引価格を決め、資材の箱代などの諸経費も生産者持ちなのが当たり前です。しかし、今では経費を含めた取引価格を相手側に提示して、自分たちで価格を決める体制が大体実現できています」

2010年頃からスタートした栽培した生産物の六次化や、買い手にその魅力をアピールし訴求力を上げることで、市場や天候の変化にできるだけ左右されずに収入を得る環境を作り上げてきた。安定した経営基盤を目指した結果、「より美味しいものを作ることに集中できた」と自負する。

「普通の農家だったら傷があって捨てるようなグレープフルーツも、飲食店などで皮を剥がしてしまえば味は変わりません。それも一種の加工だと思っていて、こだわりを持って育てた作物の価値を理解してくれる企業に販売できれば、市場に出すよりも高い値がつくこともあるんです。六次化することで一次産業の経営面で損益分岐点を下げる仕組みを作りたいと思っています」

あらゆる変化に対応する、柑橘農家の知見とチャレンジ精神

「全国でさまざまな柑橘類が登場し飽和する中で、2013年に輸入品がほとんどだったグレープフルーツの栽培に着手しました。それまでは宮崎では気候条件が合わず、グレープフルーツの花が咲かないと言われてきました。温暖化の影響で今の日南は50年前の鹿児島県の屋久島と同じ気温と言われていますが、十数年前の当初はいざ取り掛かったものの、栽培方法を知る先輩もノウハウも全くないゼロからの挑戦でした」

そんな一からの試行錯誤の結果、現在では全国トップクラスとなる約30トンの国産グレープフルーツを生産している。輸入品では不可能なその新鮮さや安全性、それに加えて樹上完熟の美味しさを備えた純国産のグレープフルーツ。青果や果汁、皮を使った菓子やアルコール飲料など、さまざまな用途で利用が可能で、同農園を代表する果物だ。

「安定した経営をするために数種類の柑橘類を揃えて栽培していいます。グレープフルーツもその中の一つという位置づけです。例えば、10月、11月のミカンは台風が来て雨量が増えると味が落ちてしまいますが、逆に日向夏やグループフルーツはその時期に水を欲しがります。一つの品種しかないと良いか悪いかの二者択一ですが、同じ事象でも作物によって影響が異なるんです」 

生産する柑橘類のほとんどを露地で栽培する農家にとって、作物の出来を左右する気候変動や自然災害は死活問題だ。時期によって数種類を取り扱うみかん、宮崎特産の日向夏や日南ポンカン、国内では珍しいグレープフルーツやレモンなど、四季を通してあらゆる柑橘類を栽培している田中さんは「妻にも『あなたはチャレンジャーね』とよく言われます」と笑顔をみせる。

自然と共に柑橘類栽培に向き合ってきた田中さんの経験と緻密な戦略、そして、それを形にする行動力が、豊富に取り揃った果実のラインナップと、それを利用した加工品の数々を生み出している。

故郷への恩返し、そして産地化で再起へ

4月から5月にかけて、グレープフルーツの花が咲き誇り、地域一帯がその香りに包まれるという、田中さんの生まれ故郷の大窪地区。かつては温州みかんの一大産地だったものの、今では全国で競合する柑橘類が乱立し、過疎化や後継者不足など、柑橘農家にとって厳しい環境は続く。

「私の母は大窪地区の学校の先生で、実は私自身も先生になりたかったんですね。父がミカンで稼いでくれたお金で東京の大学にも通わせてもらいました。地元には育ててもらった恩を返したい気持ちがあります」と田中さん。

地域を再び盛り上げたい想いと増え続けるグレープフルーツの需要に地域全体で応えていくために、2016年には田中さんの主導で、日南市で柑橘生産を行う9名の農家と共に、農業団体「りょうくんとその仲間たち」を結成。グレープフルーツをはじめとした柑橘類の栽培ノウハウや田中さんがこれまで築き上げてきた販売ルートを共有するなど、地元の農家を支える基盤となっている。

「社名の『緑の里りょうくん』の『緑の里』は大窪地区のことで、『りょうくん』は私のニックネームではなく、会社自体を次男坊だと思って名付けています」

地域の再興を目指すため、田中さんが取り組んでいるのが新たな地域名産の産地化だ。地域全体でさらなる増産を図る国産グレープフルーツを「月夜実(つくよみ)」と名付け、日南市全体でも「日南レモン」を売り出していくなど、全国規模のブランド化作りに向けて着実に動き出している。

「一次産業の窮状は一人の農家で対応することで起こっていると思っています。農家がグループになって支えていくモデルを作ることも今後の目標です」

生まれ故郷をこよなく愛する大黒柱は、これからも歩みを止めることなく地域を牽引していく。美味しさをどこまでも追求する「りょうくん」の果実には、地元の一次産業の未来を守る覚悟と可能性が詰まっている。

Photo 辻茂樹

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