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人口9,000人の町に受賞歴多数の箸屋「竹の箸だけ」で年間500万膳【ヤマチク】

1963年の創業以来、半世紀以上にわたって熊本で竹の箸を造り続けている箸メーカー「ヤマチク」。OEM100%から、わずか5年で自社商品の売上比率を60%まで増やし、「ペントアワード」や「ニューヨークADC」など、世界に名だたるコンペティションでの受賞歴を持つ、注目の企業だ。そんなヤマチクが、昨年11月11日“箸の日”に待望のファクトリーショップをオープンさせた。その名は「拝啓」。コーポレートアイデンティティでもある「竹の、箸だけ。」を貫きながら、多層的な広がりを見せる同社のユニークな生存戦略とは。専務取締役として、ブランディング・セールスを主導する山崎彰悟さんに話を聞いた。

竹箸の魅力を余さず伝えるファクトリーショップが誕生!

熊本県北部、福岡県との県境に位置する玉名郡南関町。人口9,000人余りの小さな山間の地に、年間500万膳もの国産竹箸を造り続ける箸メーカー「ヤマチク」はある。2023年に創業60年の節目となる“還暦”を迎えた同社が新たなチャレンジとして選んだのが、ファクトリーショップの運営だ。

竹箸の製造工場に隣接する「拝啓」は、自社オリジナルの竹箸と日本各地のクラフトアイテムを取り扱い、カフェスペースでは箸で食べるスイーツを提供する、ユニークな店舗。店内には多彩な色柄やフォルムの箸、アパレルブランドの別注として企画した「ヤマチク×URBAN RESEARCH OTEMOTO for Ramen Lovers」や「ポテトチップスのためのお箸」など、約300種類の竹箸が並ぶ。実際に使い心地を確かめられるコーナーもあり、何種類も試してみたくなるが、山崎さん曰く「それこそがショップで買物を楽しんでもらう醍醐味」なのだとか。

「オンラインショップにもっとも多く寄せられる質問は『この箸はどこで買ますか』なんです。不思議ですよね。実店舗に行かずに買物ができるプラットフォームなのに、リアルで見たい、触れてみたいという欲求が生まれるなんて」と朗らかに笑う山崎さん。自社の箸は全国各地のライフスタイルショップや百貨店でも販売しているが「地元の人がいつでも箸を購入できる場所、竹箸の魅力を世界一深く伝えられる場所を」と考え、オープンを決めた。

箸で食べるスイーツを提供するカフェも、竹箸の魅力を伝える取り組みの一貫だ。レシピの監修には熊本在住の料理研究家・高山由佳さんを迎え、南関町の名物である「南関そうめん」のふしを使った素朴な甘味、熊本名物「黒棒」を使ったティラミスなどを提供している。

「南関そうめんのふしは、そうめん屋さんの子どもにとっては慣れ親しんだものだそうですが、南関町全体ではあまり知られていなかったんです。でも、黒蜜ときな粉をかけたらとっても美味しいでしょう? 今後は、卵かけご飯やミネストローネなど、軽食メニューも増やしていく予定です。切る、掬う、摘む、混ぜるといった箸の動作を、お茶や食事を楽しみながら体験してもらえるよう、メニューを構成しました」

実際に食べてみると、想像以上にスムーズ。食べづらさは微塵も感じられないどころか、箸を口元に運ぶ動作にリズムが生まれ、食べる行為を純粋に楽しんでいることに気づく。思わず、まじまじと箸を見つめ「この箸はどこにあるんだろう」と陳列された箸に視線を向けると、山崎さんと目が合いニコリと微笑まれた。

「僕が実店舗を始めると言い出した当初、周囲には強く止められました。人口1万人を切っている地域でファクトリーショップをやっても採算が合わない、せっかく製造販売の事業が上手くいっているのにどうして……と。でも、上手くいっているときほど次の手に意識が向く、そういう性分なんですよね」と苦笑するが、それ以上に勝算があった。

2020年に開催した「大日本工芸市 ot 熊本」では、日本を牽引するものづくりのトップランナーが集い、3日間で2,000人以上の来場者を記録した。「良いコンテンツを作り込んで発信できれば、場所を問わずお客さんは来てくれる。そんな確信がありました」

取材は平日の午後だったが、店には絶え間なく買物客が訪れ「前から気になっていたから」と作業着姿の男性客がひょっこり顔を出すと、美味しそうにスイーツを頬張る。売り上げは、目標としていた百貨店やイベント出展の日商と同水準を実現しているそうだ。「地元の材料で、地元の人間が造っている箸を、日本中のどこよりも地元の皆さんに届けたい」山崎さんの願いは、確かに実を結びつつある。

OEM100%から自社割合60%超へ、真逆の方向へ舵を切る勇気

ヤマチクは世界で唯一、竹の箸のみを商材にしている企業。まずは、「切り子と呼ばれる熟練の職人たちが、17〜20mの竹の大木から良質な竹を見極め、切り出し、素材として整える。その素材を専用の機械で加工し、高品質の箸を生み出すのが同社の事業だ。竹の曲がり方や反り方も考慮しながら、硬く強度のある皮部分を生かして職人たちが精密に箸を仕上げていく。軽く、美しく、手頃な価格の竹箸が、これだけの手間と技術に支えられていることを知っている人は、決して多くはないだろう。

写真(竹を背負う職人)

乱立する竹を伐採して整えることは、里山の生態系や景観を守る意味でも、重要な役割を果たしている。しかし、安価な木材やプラスチック製箸の台頭によって、国産の竹の箸を造れる企業はごく僅かになってしまった。そんな状況下にあって、OEMとして大手ブランドを取引先に持ち、売上規模も順調に拡大していたヤマチクが、自社プロダクトの開発に乗り出した理由は何だったのだろう。大学卒業後SEとして大阪で働き、24歳で南関町に帰ってきた山崎さんは、好調の裏に潜むリスクを敏感に感じ取り、すぐさま対策に打って出た。

「僕が帰ってきた10年前、売上高は過去最高でした。でも、特定の取引先への依存度が急激に上がっていることに危機感を覚えたんです。好調な今のうちに動かなければ間に合わない、という切迫感がありました。そこで、当初はOEMという枠の中でできること、リスクを分散することを考えたんです」

当時、ヤマチクはOEMが売上の100%を占めていた。「しばらくはOEMで頑張ってみましたが、OEMは利益率が低く、労力の割に手元に利益が残らない。思い切って自社製品に挑戦しようと考えました」

そうして2019年に生まれたのが 伝統的な竹の箸への原点回帰/日々の食卓に寄り添う/生育が早く循環性の高い竹を資源とすることで山と竹材を扱う人々を守るという3つのコンセプトを形にしたオリジナル竹箸「okaeri」だった。「もちろん、僕を含め社内にマーケティングやブランディングができる人間はいませんし、当時は社内に自社製品という概念すらなかった。そこで、クリエイティブディレクターさんに協力してもらって、ゼロから言語化、ビジュアル化を進めていきました」

写真(okaeriパッケージ)

現在もディレクターとして伴走するのは、災害復興をクリエイティブの力で支援する「一般社団法人BRIDGE KUMAMOTO」の代表理事としても知られる、佐藤かつあき氏。「竹の、箸だけ。」1点突破のストロングポイントを突き詰めたokaeriは、発売と当時にベストセラーとなった。

さらに、竹取物語をモチーフに、古紙と間伐材からできる森林循環紙を使用した画期的なパッケージは国内外で数々の広告賞を受賞。誰も知らなかった地方の小さな箸工場は大きな注目を集め、ミシュラン1ツ星レストランや国内外に店舗を持つ飲食チェーンから取引依頼が殺到した。現在、ヤマチクの箸を扱う取引先は全国で約250店舗。5年前、0%だった売上の自社製品率は60%を占めるように。

循環可能な地域づくりのため、竹の箸を造り続ける

コロナ禍では、OEM受注のほとんどがストップしてしまい、苦しい思いもしたと振り返る山崎さん。だが、ヤマチクは箸を造る手を止めなかった。「僕たちには国から休業補償が出ますが、竹を切る職人さんたちには出ません。高齢化も進んでいるので、安定的に仕入れを続けなければ、辞めてしまう人も出たでしょう。仕入れができなければ箸は造れませんから、需要があっても製造ができなくなります。竹の箸を使う文化自体がなくなってしまうかもしれない」

地域の生業と文化を失うわけにはいかない。今は在庫を増やすとき、と決め、製造を続けた山崎さん。OEMとは逆に、送料無料でおうち時間を応援した自社ECはグッと業績を伸ばした。さらに、社員旅行用の予算を賞金に、社内を対象としたデザインコンぺを始めたのもコロナ禍でのことだ。

「キャリア不問、社員なら誰でも参加OKです。当時、最優秀賞は10万円(現在は15万円)。商品に採用されると2万円に設定し、誰でも参加できるコンペを始めました。そこから生まれたのが「納豆のためのお箸」や「きずな箸」といった大ヒット商品です。賞金は、すぐに売上で回収できてしまいました(笑)」

第2回の最優秀賞を受賞したのは新卒2年目の社員だったんですよ、と嬉しそうに教えてくれた山崎さん。工場には10代、20代の若手社員の姿も少なくない。「地元の高校は廃校になり、南関町の子どもたちは中学校を卒業すると町外に出ざるを得ません。町外や県外の友人に、お前の地元って何があるの? と聞かれたとき、ヤマチクがあるよと胸を張れる、自慢できるような企業になるのが夢なんです。もちろん、若者が町に戻ってきたいと思ったとき、ワクワクしながら働けるような雇用の受け皿になれたらという思いもあります」

自身も34歳と若い山崎さん、ショップをオープンした動機にも若者への眼差しが見てとれた。「24歳で町に帰ってきたとき、仕事は楽しいけど、仕事以外にすることが何もないなと思って。カフェもない、デートスポットもない、おしゃれなバイト先もない……(笑)うちの店が、少しでも若い子たちに居場所を提供できたら良いなと思っています」

そんな「拝啓」の店名の由来は、察しのとおり手紙だ。山崎さんの頭には、2通の手紙があった。1通目の送り手は、ヤマチク。竹の箸の魅力を、世界中のものづくりを、南関町で暮らす人々に伝える手紙だ。ショップで取り扱う生活の道具や食品は、すべて実際に使ったり食べたりして良いと思ったものだという。「この生姜シロップ、南関の人も好きなんじゃないかな、と思って仕入れました。結果は大正解!」と笑う山崎さん。愛すべき隣人に語りかけるように、書き綴るように、仕入れや陳列を行っていることが伝わる。

2通目は、箸を贈る人から贈られる人への手紙だ。山崎さんは「催事や工場開放のイベントで気付いたことですが、自分用の箸だけを買う人って限られているんですよね。お客様は大切な誰かに向けて、その人を思い浮かべながら箸を選んでいる。その姿が、手紙を綴るようで素敵だなと思って」

ショップを運営する日々は「想像以上に大変ですが、可能性を感じて楽しいです」と破顔する山崎さん。販売拠点ができたことで、よりデザインの自由度も上がり、企画力も加速度的に伸びていくと予想している。

「実は春から、社内に新設したインキュベーション施設の運営も始めます。学生さんや行政と一緒に、これからのヤマチクや、町の未来を考えていくラボのような場所にできたらと思っています」と完成したばかりのサインを手に、明るい笑顔が浮かんだ。

拝啓、の先に続く言葉を探しに、思わず足を運びたくなる。小さな町の小さな工場から生まれた唯一無二のファクトリーショップは、地域の未来を照らす灯となり、これからも輝きを増していくだろう。

photo:大塚淑子

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