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「低温殺菌牛乳」と牧場がある景色を100年先の福島の未来に残す【ささき牛乳】

料理やお菓子作り、お茶の時間に欠かせない、牛乳という飲み物。あまりにも身近な存在だからこそ、牛乳の味や酪農家について、深く想いを巡らせたことがある人はそう多くないのかもしれない。日本で作られている牛乳の95%は「超高温殺菌牛乳」。そして、牛の乳本来の自然なおいしさが感じられる「低温殺菌牛乳」はわずか5%だと言われている。この「低温殺菌牛乳」にこだわり続け、福島県福島市の佐原(さばら)地区で60年余り、乳牛30頭余の酪農を営んできた「ささき牛乳」の存在をぜひ、知ってもらいたい。牛の飼育、製造、販売までのすべてのプロセスを自社で行う自立した営み、そして100年先の未来を見据えた新たな取り組みについて話を聞いた。

酪農を取り巻く環境は厳しい。だからこそ、新たなチャレンジを

そもそも、酪農は食料である牛乳や乳製品を製造するだけではない。山地や寒冷地、耕作放棄された農地の有効活用など、国土保全と里山の美観環境の維持にも貢献している事業である。しかしながら、近年は、配合飼料価格が高騰したことで経営が圧迫され、酪農家戸数が減少の傾向にあり、取り巻く状況は厳しい。

「ささき牛乳」は、そうした苦境や東日本大震災・東京電力福島第一原発事故を乗り越え、地域の人と深くつながり、“100年先もあり続ける牧場”を目指している。取り組みを牽引する一人が「ささき牧場カフェ」の代表、國府田(こうだ)純さんだ。小学校の教職を早期退職し、今は牧場の敷地内でカフェを営んでいる。

國府田さんは「佐々木牧場」を営む、佐々木光洋さんの姉であり、佐々木家5人兄弟の長女。子どもの頃から牛とともに暮らしを営んできた。
牧場とカフェが立地する環境は、自然豊かなエリア。西は福島県、山形県、新潟県にまたがる「磐梯朝日国立公園」の吾妻連峰。東は水質「日本一」に選ばれた荒川に挟まれた扇状地だ。

「佐々木家はもともと養蚕農家だったんです。養蚕が衰退したことをきっかけに、父が64年前に1頭の牛を飼うことから酪農を始めて。家族経営で酪農をやっていくことは大変な労力がかかることなのですが、経営理念として、大規模ではなく、小規模でやっていく道を選びました」

そこで辿り着いたのが、搾りたての牛乳に近い低温殺菌牛乳をつくり、消費者に直接届けることだった。

「父がそのスタイルを貫き続けたことを尊敬しています。実際、個人経営の酪農家は乳業メーカーと取引するケースが大半で、牛乳を搾ってタンクに入れてメーカーに届けたら、そこで仕事が完結するといったもの。その場合、『自分たちで作った牛乳』であるかどうかは判別し難い状況になってしまいます。今は、弟夫婦が父の意志を継いで、365日牧場の管理に精を出しています」

牛舎で飼われているホルスタインから搾っただけで生産。低温殺菌牛乳「ささき牛乳」(63℃30分殺菌)として販売している。
牛のエサの主なものは牧草。原発事故の翌年から牧草地にゼオライトやカリ肥料を撒いて除染し、天地を入れ替える作業を繰り返した。震災後の5年間は、北海道から安全な牧草を購入していたが、いまは安定した状態を保っている。
牧場の敷地内には牧草を保管する小屋、殺菌処理や瓶詰めの作業ができる設備を整えた。

國府田さんは「ささき牛乳」のおいしさとこだわりを伝えるために、2016年にカフェを立ち上げた。この場所を作ったことでより多くの人に届けられるようになった、と笑みを浮かべる。

戦後にたくさん植林された杉山が近くにあり、伐採期を迎えた杉の木を活用して「ささき牧場カフェ」を作った。
すっきりとした甘さがおいしい味わい深い牛乳(500円)。ビンで販売するスタイルは昔から変わらぬまま。

お客さんと直接会って、牛乳を届けること

「父が退いた後もその意思を継ぎ、宅配スタイルで別途宅配料をいただくことなく、お客さまに牛乳を届けています。父がずっと言い続けていたのは『主食と同じように毎日、食卓に上るような牛乳であらなければならない』ということ。震災があって福島から離れる人がいたり、長年愛飲してくださったお客さんが亡くなってしまったりで、父の代の頃に比べるとお客さんの数は、残念ながら大幅に減ってしまっています。それでも『ささき牛乳』を守り続けるために、昔から続く宅配スタイルは、労力がかかっても絶対に止めたくないことです」

冷蔵車で福島市内のあちこちに宅配。國府田さんをはじめ、牧場とカフェで働くスタッフが交代で担う。1日の配達件数は30件ほど。

スーパーで販売している牛乳と比較すると、500円という値段は少し割高に思う人もいるかもしれない。実際、ビンを返すと「返却代」として150円戻ってくる環境にやさしいサービスをしている。つまり、1本350円で飲めることになる。この値段で無料配送してくれる真心にいたく心を動かされる。

「宅配のお客さんは、契約で毎週必ず飲んでくださるんです。さらに、カフェができたことで、毎週買いにきてくれる方も増えました。毎週6本買いに来るおばあさんがいて、どうやってその量を飲んでいるんだろう、と思うのですが(笑)。配送サービスだけだと本当に“知る人ぞ知る牛乳”という位置付けになるので、実際に飲食できるカフェを作ったことは大きなことだと感じています。“お店も牧場の一部”として営みたい気持ちがありますね。愛飲してくださる方に直接お会いすると365日酪農をやり続けて、ちゃんと届けたい、と強い気持ちが生まれます」

聞けば、カフェを訪れるのは、近所の人、観光客、酪農や牛に興味がある人など、さまざまだという。

「その辺で農作業をやっているおじさん、おばさんが長靴で入って来て気軽に寛げる空間です。牛乳以外にも、自家製のパンやスコーン、ソフトクリーム、チーズを販売しているのでそちらを目当てに来てくださる方もいますね」

カフェのすぐ横には牛の運動場があり、牛たちがのんびりとした時間を過ごしている。訪れたお客さんは、牛との対面を楽しみにしている人がたくさんいる。

牧場の景色を守るために、チーズやパンを作る

「牛がのんびり過ごす牧場の風景を守るためには、牛乳の消費量を上げることが不可欠だと考えています。『牛乳は苦手』という方にも、別の形で牛乳のおいしさを知っていただくために、ソフトクリームやチーズ、パンなどの牛乳を使った加工品を製造・販売するチャレンジを始めました」

このチャレンジは、築100年を超える土蔵を改修して臨んだプロジェクトだ。四代前の高祖父が建てた土蔵があり、この中にチーズ工房、パン工房を新設。さらに、チーズづくり体験や未来の酪農家を受け入れるための研修室を作った。1,000万以上の資金が必要だったため、クラウドファンディングで資金を募った。最終的に集まった総金額は6,606,500円だという。

「改修した土蔵は『いさばラボ』と名前を付けました。ささき牧場の所在地である入左原(いりさばら)と、新たなものが生まれる場としてのラボラトリーを組み合わせた造語です。『ささき牧場カフェ』のパンは、水を一滴も使わず、牛乳やチーズの副産物であるホエイ(乳清)を使って製造しているのが特徴です。ホエーそのものの味があり、ほのかに塩味が感じられる味わいです。チーズは、乳業メーカーで製造部長をしている人が、プライベートでチーズを作っていらして、ラボに来ていただいて作り方を教えてもらいました。販売するようになったのが2019年です」

地域に暮らす人や身近な人の雇用を考える

ラボを作ったことでスタッフの働き方が拡張した。

「かつては知り合いのパン屋さんを借りて、パンを焼かせてもらっていた時代がありました。今は、自分のところで焼けるようになり、仕事が捗っていますし、皆が手分けして作業に没頭できるようになりました」

『ささき牧場カフェ』のスタッフは接客、パンやチーズの製造、牛乳の配送など、どんな仕事もフレキシブルに対応しているという。

「パンやチーズを作るスタッフは、職人としては全くの素人からスタートした人がほとんど。個人的な知り合いや何かしらのご縁がある人が働いています。雑談をしているときに『新しいことにチャレンジしたい』という話を耳にして、ならば『一緒に働いてみる?』と声をかけたりして。そんなふうに地域の人の雇用が生まれることもいいことだと思っています。酪農にかかわる新たな雇用を生み出し、就労時間や就労形態の希望に柔軟に対応していけるよう、牧場全体で職場環境を整えていきたい。私の1番の目標は、『この牧場の景色を守る』ということ。そのために、何が必要なのかを考えたい。だから、遠方で出店する方向は、自分たちの目指す方向ではないな、と思います」

地域で暮らす人に対してオープンなだけではなく、県外で暮らす学生を迎え入れることにも積極的だ。

「ある農大の教授とお付き合いがあり、農業のビジネスを学んでいる生徒の方が結構いらっしゃいます。私たちは、生産者でありながら、加工食品を作って販売しているので、第一次生産から販売してお渡しするところまで、全部の経験ができるんですね。学生たちにとって、そういった点が『刺激になって面白い』と感想をいただくことが多いです。工房には『モーモールーム』と名付けた研修室があります。子どもたちがここでチーズ作りを体験できるといいな、と。そうしたことを続けている中で、酪農やチーズ作りを仕事にしたい、と思う子たちが増えてくれることを願っています。あとは、福島市内の学校の授業の一環として牧場の見学を受け入れています。やっぱり、酪農はどこでもできるわけではないので、ここに来てもらうことが大事。福島の人には、『とりあえず、カフェに行って、牛を見にいく?』といった会話が生まれるくらい、慣れ親しんだ場所になってくれたら嬉しいですね」

カフェと牧場を連動させた新たな取り組み。牛も、人も、のんびりできる牧場がある風景を守るために、國府田さんはやるべきことに柔軟に向き合い、新たな挑戦をし続けていく。

ささき牧場カフェ

Photo:阿部 健

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