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「音楽に似るお酒は時代と共に変化」奈良から広げるビール醸造所の多様性【奈良醸造】

奈良醸造は元公務員の浪岡安則さんが設立したブルワリー。京都醸造での修行を経て2017年に独立し、翌年から個性派ビールを続々とリリース。2020年に缶ビール販売にも着手し、設立わずか5年で100種類以上のビールを開発してきた。今回お話を伺ったのは、代表取締役兼醸造責任者の浪岡さんと営業・広報の松浦香美さん。ビール愛好家も新鮮さを感じるラインナップには、どんなこだわりが詰まっているのだろう。奈良で育った食材を取り入れるなど、地域愛もひとしお。奈良出身のお二人に、奈良でクラフトビールを作る面白みなどを伺った。

多彩なフレーバーからビールを選ぶ醍醐味

毎月2〜4種類、新しいフレーバーのビールを造っている奈良醸造。その選べる味わいもさることながら、ビールを彩るラベルも個性豊か。舌でも目でも楽しませてくれるから、新商品リリースがますます待ち遠しくなる。

「お酒は音楽に近いところもあって、流行りやスタイルがあると思うんですよ。お酒に対する向き合い方も時代と共に変化していきますよね。ですから、お酒でスタンダードなものを作ることには難しさがある。奈良醸造は、その時々で世の中の“これがあったらいいな”に合わせて作っています」(浪岡さん)

ビール製造過程では、楽器のようにチューニングが欠かせないという。

「年々ちょっとずつ度数が下がったり、苦みが減ったり、香りを豊かにしたり。チューニングの必要性が出るので毎年20種類ぐらいのビールが出来上がります。造り手としては固定できた方が楽ですし、精度が上がるのですが……(笑)」(浪岡さん)

「夏はあまりアルコール度数が高いと、飲んでいて体が火照ってしんどくなりますし、冬にキンキンに冷やして飲むタイプのビールだと体が冷えてしまう。ですので、季節感をビールで表現できればと考えてきました」(浪岡さん)

豊富なラインナップでビール好きを驚かせてきた奈良醸造だが、定番商品「FUNCTION(ファンクション)」も人気だ。

「『FUNCTION』は自信を持っておすすめできる定番です。定番のビールとは、季節を問わずいつでも飲めるものだと私たちは考えています。暑くても寒くても、いろんなシーンに寄り添えるビールってなかなかないと思うんです」(浪岡さん)

季節が絶えず巡るように、奈良醸造のビール開発は止まることがない。中途採用で奈良醸造に入社した松浦さんも驚くほどのスピード感だ。

「本当に毎月新しいビールが出るんですよ!新しいビールをたくさん造り続けられるのは、奈良醸造が小さい醸造所だからこそできる部分でもあります。新しいレシピを作るのは大変ですが、飲み応えのあるビールから飲みやすい甘めのビールまで、振り幅がすごくあるのが奈良醸造ならではです」(松浦さん)

公務員から一転、クラフトビール醸造所設立へ

奈良醸造代表取締役の浪岡さんは、奈良県庁勤めからキャリアチェンジした異色の経歴を持つ。

「ビールは好きなんですが私はお酒が強くないので、美味しいビールをちょっとずつ飲みたいなと思ったことがスタートでした。海外旅行で本場のベルギービールを飲んでその良さに気付き、東京でクラフトビールを飲んでハマり、お酒についてどんどん知っていく中でビールの多様性に触れたんです」(浪岡さん)

「ところが当時、奈良にはクラフトビールの醸造所が1か所しかなかったんです。奈良にいろいろなビールを作る醸造所があってもいいんじゃないかと、当時は地域づくりをする公務員の目線で考えていました。ですが醸造所を作ろうとする誰もいなくて、それならばと自分で立ち上げることにしたんです」(浪岡さん)

修行すべく訪れたのは、京都醸造。日本のクラフトビール界に新しい風を巻き起こした京都醸造は、伝統的なベルギービールと新感覚のアメリカンビールを組み合わせた醸造所だ。修行の傍ら、奈良で醸造所設立に向けて準備を進める二足のわらじの生活だった。

「奈良醸造を設立したときのメンバーはパートさんも含めて3人程。設立して2年目のいよいよこれからというタイミングでコロナ禍に入り、厳しい時期でもありました。ですがその間に設備を整えて缶ビールを出荷できるようにして、奈良醸造というブランドをしっかり作ることができたのではないかと考えています」(浪岡さん)

ビールの醸造家だからといって、お酒に強いとは限らない。そんな浪岡さんが目指すのは、心ゆくまで楽しめるビールだという。

「ハイアルコールであればある程酔うのですけれど、健康のことを考えると度数が高ければよいというものではない。どうすれば満足のある味わいでアルコール度数を抑えられるか、というのが奈良醸造のテーマのひとつですね」(浪岡さん)

美味しいクラフトビールを作り続けることに集中し、奈良醸造の存在感は少しずつ増していった。2020年のジャパンブルワーズカップ濃色部門では、奈良醸造の「OATMATISM(オートマティズム)」が第5位にランクイン。

「さらにその先にいる人たちにも奈良醸造のビールを届けるにはどうしたらいいんだろう、と考えるフェーズに入りました。それで2023年に営業・広報として松浦さんに入ってもらいました」(浪岡さん)

クラフトビールの多様性を伝えるコラボレーション

生産とブランディングに力を入れて約5年。より多くの人に奈良醸造を知ってもらうべく、松浦さんがアサインされた。奈良出身の松浦さんは、転職以前から奈良醸造を知っていたのだとか。

「就職で東京に出て、出版業界で広告営業をしていました。東京で働いていた頃、レストランで奈良出身の方から奈良醸造のビールを教えてもらって、美味しいなと思っていたんです。その後に奈良に帰ることを考えるようになったのですが、ちょうど奈良醸造が広報を募集していてタイミングが合いました」(松浦さん)

入社してからは前職の経験や人脈を活かし、地域を超えたPRを進めている。

「クラフトビールを飲む人って、東京にも多いんです。だから東京にいた頃の繋がりで、奈良醸造のビールを提案することもあります」(松浦さん)

2024年には、世界的アーティストとのコラボレーションビールを販売。

「2024年1月に発売したアメリカンIPA『ARRIVAL(アライバル)』は、デザイナーのシド・ミードさんのデザインをラベルにしたビールをコラボレーションという形でリリースしたものです。これまでは同じデザイナーがラベルのデザインをしていて、それも奈良醸造のアイデンティティになっていました。通常のラベルも続けつつ、コラボすることで新しい層にも届けることができますし、昔からのファンも新鮮に感じてくれると考えました」(松浦さん)

「ラベルでビールのコンセプトをビジュアル化しているのは、ビールはグラスに注いでしまうと色が似てしまうからです。液体の色だけでは造り手のコンセプト部分ってなかなか伝わりにくいんですよね。奈良醸造のビールの多様性を伝えるために、ラベルをコンセプチュアルにしました」(浪岡さん)

ラベルデザインが持つ力をさらに輝かせるのが、靴下メーカーHOiSUM(ホイサム)とのコラボレーション。意外なアプローチにも思えるが、奈良は靴下の生産量が国内トップ。奈良醸造のハイセンスなラベルデザインは、ファッションのアクセントにもぴったりだ。

ビールが持つ多様性を楽しんでもらうべく、ユニークな企画も展開中。

「ビールと読書をテーマに『ALE&BOOKS』としてジャーマンエールというスタイルのビールをお届けしています。10月下旬から11月に秋の読書週間があるのに合わせて、読書に合うビールを作っているんです」(松浦さん)

「ジャーマンエールは、だんだん温度が上がっていっても美味しいビール。本をゆっくり読みながら飲むのにおすすめです。そんなジャーマンエールをもっと楽しんでもらおうとALE&BOOKSが始まって、今年はもっとカルチャーとして広めるための取り組みになりました」(松浦さん)

奈良醸造のHPにある「ALE&BOOKS」特設ページでは、ビールと本のペアリングが紹介されている。

「さまざまな方にビールに合う本を選んでいただいています。『ゆる言語学ラジオ』の水野太貴さんはクラフトビールが大好きなのですが、奈良醸造のビールに合う本として『新明解国語辞典 第八版』(三省堂)を選んでくれました」(松浦さん)

「茅ケ崎のパシフィックブリューイングさんなど、他のビール醸造所さんもALE&BOOKSのビールを作ってくれています。クラフトビール業界は交流が盛ん。大手のビールメーカーさんと比べるとクラフトビールはまだまだこれからなので、みんなで頑張っていこうという仲間意識があるんです」(松浦さん)

業界全体でクラフトビールを盛り上げ、楽しみながらビールを作る。近年は奈良県にも、クラフトビールの醸造所が10ヶ所ほどできたという。

「クラフトビールは地方創生など、時代の流れとの親和性が非常に高いと思います。 地ビールのブームは以前にもありましたが、再度新しい形で動きが起きているように感じています」(浪岡さん)

「ビールのレシピはオープンソースだと考えています。そうは言っても造り手は、自分たちの醸造所で造っている味わいは再現できないと考えています。小さい醸造所だからこそできることもあって、競争はするけれど醸造所同士が仲良しですね」(浪岡さん)

ビールへの探究心とたゆまぬチャレンジ

設立当時は3人だけだった奈良醸造。今では12人のメンバーでビール作りに邁進している。

「元々の経歴はみんなばらばらですね。奈良出身者も代表の浪岡と私だけ。ですが“ビールを選ぶ楽しみを”という奈良醸造のメッセージに共感したメンバーが集まり、メッセージを体現するようなビールを作っています」(松浦さん)

松浦さんも驚いた、奈良醸造のチャレンジングなビールを教えてもらった。

「奈良醸造で販売しているビールのなかには、ナイトロ缶ビールという窒素ガスを充填したビールがあります。一般的なビールには炭酸ガスが入っているのですが、窒素ガスを入れるとギネスビールのようなクリーミーな泡になるんです。日本でこういう作り方をしているのは、クラフトビール業界の中では奈良醸造くらいではないでしょうか。尖ったチャレンジをたくさんしているんですよね(笑)。今も醸造メンバーがいろいろな素材を提案しています」(松浦さん)

奈良の伝統を活かした「PHILHARMONY(フィルハーモニー)」からは、遥か彼方の歴史も感じられる。

「奈良県産のヤマトタチバナと奈良県産のレモングラスを入れたのがPHILHARMONYです。ヤマトタチバナは日本固有種で、万葉集でも詠まれていた歴史ある柑橘類。ですがすごく酸っぱくて苦みも強く生食に適していないことから、歴史の中で廃れていってしまった経緯があるようです。奈良県でヤマトタチバナを普及させるプロジェクトが立ち上がり、奈良醸造でもこのヤマトタチバナの特性を生かした開発ができればと考えて造りました。ヤマトタチバナのビールは毎年造っていて、新しいバージョンも美味しくできました」(浪岡さん)

ヤマトタチバナのほか、奈良県産の大和茶を使用したビール「EIGHTY EIGHT(エイティエイト)」も地域食材を活用。なぜ、奈良にクラフトビールの醸造所を作ったのか。その理由は、地域を大切にしているところからも伺える。

「生産者さんと畑で一緒にレモングラスを収穫したり、 5月の八十八夜にはお茶摘みに行ったりさせていただいています」(浪岡さん)

「奈良は歴史的に古くから栄えてきた地域。私もお酒の勉強をしているのですが、神様に供えるお酒として日本酒の歴史もあって、奈良の正暦寺が清酒発祥の地と言われています。掘れば掘るほど、他の地域ではあまり見られない文化があるので、もっと奈良を堪能してほしいです」(松浦さん)

「奈良醸造では土日は醸造所併設のタップルームをオープンしていて、いらっしゃる方の半分位は県外からです。海外のインバウンドの方からするとアクセスが難しいのですが、googleで調べてタクシーで来てくださる方もいます」(浪岡さん)

これからも個性豊かなフレーバーを開発していく奈良醸造。ビールを通してどんなことを伝えていきたいか聞いてみた。

「ビールをきっかけに奈良を知ってもらいたい、というのが奈良醸造の思いとしてあります。たとえばヤマトタチバナは準絶滅危惧種。500円玉の裏にタチバナが描かれているので、皆さん見ているはずなのによくは知らない植物なんです。奈良醸造のビールを飲んで、奈良を身近に感じてもらえたらと思います」(浪岡さん)

奈良醸造のビールを飲めば、奈良の魅力を味わうことができるはず。四季折々の天気や風景、その時のフィーリングに寄り添ってくれるビールが、喉も心も潤してくれるだろう。

奈良醸造

ジャパンブルワーズカップ

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