読むふるさとチョイス 地域の挑戦者を応援するメディア

「奈良県民130万人と仲良くなる」倒産危機から回復したJ3クラブ【奈良クラブ】

奈良クラブは奈良県奈良市と三郷町を中心に、J3で活躍するプロサッカーチーム。2023年はJ参入初年度ながら20チーム中5位でシーズンを終え、さらなる高みを目指している。奈良クラブの原動力のひとつが、地域からもらうエネルギー。奈良クラブがチーム一丸となって取り組むのは、県内全域の住民と交流する「39市町村応援プロジェクト」。地域に足を運んでまちおこしに取り組み、顔の見えるサポーターを増やしている。2024シーズンは全市町村名をデザイン化し、地域への想いをユニフォームにも詰め込んだ。

奈良クラブのキーパーソンが、代表取締役の濵田満さん。そしてU18B担当のコーチ兼テクニカルダイレクターに就任した内野智章さんだ。一緒に海外視察もしてきた旧知の仲のお二人に、奈良クラブの歩みと将来の展望を語ってもらった。

100年後もサポーターと共にいる未来を目指して

代表取締役の濵田さんが「順調すぎて怖いほどだった」と振り返るように、Jリーグ初年度のシーズンはサッカーファンを驚かせる躍進となった。そんな奈良クラブは、サポーターとの距離感が近いのも特徴だ。

「オリジナルの取り組みが、39市町村応援プロジェクトです。奈良は広いので、僕ですら1度も行ったことがない市町村もあります。だからこそ地域の皆さんが試合に来てくれるのを待つのではなく、選手が先に地域を訪問するんです。奈良クラブはJリーグに入るようになって注目されるようになりました。メディアも一緒に連れて行くので、地域のPRにもなります」(濵田さん)

サッカースタジアムを観客で埋めるのはそう簡単ではない。各クラブが試行錯誤しながら試合を盛り上げている。

「奈良県の全人口は約130万人。130万人と仲が良かったら全試合満員になるんですよ。その前提は心理的に近い人たちの数が多いか少ないか。仲良くなるのに必要なのは、ちょっとした挨拶じゃないですよね。一緒に何かを継続的にやることで心理的に繋がっていくはず。それをやろうとしたら地域に行かないとできません」(濵田さん)

「選手は地域を訪れたら基幹産業のPRをします。天川村を訪問したときはトラフグの養殖をPRしました。大和郡山市では金魚の養殖の歴史があって、金魚すくいの全国大会が開催されています。そこでうちの監督が金魚すくいに参加したり(笑)。メディアも面白がって来てくれるんですよね」(濵田さん)

奈良は東大寺など世界遺産があり、観光地としても人気。一方で、観光客がなかなか来ないエリアも多くある。奈良クラブが隅々まで地域を訪れることで、人の動きを作っている。

「下北山村などいろいろな村に行きました。子どもたちも喜んでくれるんですよね。すると『せっかく来てくれたから』と、その地域の人が試合を観に来てくれるようになったんです。車で2時間、3時間かかる場所から泊まりで観戦してくれたり。こういうプロジェクトを順番に進めていって、奈良クラブを応援してくれる人の数を徐々に増やしているところです」(濵田さん)

目指すのは、クラブと地域の双方向コミュニケーションだ。

「バルサは130年位の歴史があって、たくさんの人が知っているクラブですよね。僕たちは2023年がJリーグ一年目。ですがプロジェクトを進めていくと、接する人がもっと増えるんです。1年で仮に100人広がったとしたら10年で1000人、100年で1万人以上。1年で接する人数が1000人なら100年後には10万人です」(濵田さん)

「野球の阪神とかもそうでしょう。応援してくれる人は増えていくんです。その形を奈良で作らないと。数%しか増えなくても、頑張ってやり続けたら最終的に現れてくるはず。今はちょっと増えてきたなというくらいですが、やらなかったら永遠にゼロです」(濵田さん)

逆風をチャンスに捉え、赤字から黒字転換

地域密着型の奈良クラブだが、所属する選手は奈良出身ばかりではない。

「現在、奈良出身の選手は3名ですね。奈良県出身だから選んでいるということはないんですよ」(濵田さん)

多様な選手が集まっているからこそ、地域と交流する意義がある。お互いを応援し合う関係性が、クラブと地域の未来を明るく照らすからだ。クラブの構想では、スペインのビジャレアルCFに影響を受けたという。

「ビジャレアルの本拠地は、バレンシア州カステリョンのビジャレアル。この街の家はほとんどがタイル作りで、タイルメーカーがクラブのスポンサーなんです。ということは、街全体がビジャレアルのお客さん。選手も地域を頻繁に訪れていて、福祉施設にも月に何度も訪問しています。だからこそ5万人の市民で、2万3千人を収容するスタジアムのホーム席がほぼ埋まるわけです」(濵田さん)

ビジャレアルは決して大きい街ではない。それでもビジャレアルの試合では一般客のチケット購入が難しくなるほど、地域のサポーターが足繁く通う。

「小さい街だからできるとも言えます。奈良も人口が多くはありませんが、タッチポイントを作りやすい。東京都で1400万人と会話するのは不可能ですが、130万人ならなんとかなるという考えですね(笑)」(濵田さん)

Jリーグというステージで走り出した奈良クラブだが、濵田さんが代表取締役に就任した2020年当時は、クラブ存続が危ぶまれる程の苦境にいた。

「当時はクラブに不祥事があり、潰すか潰さないかという話にもなっていました。そんな時に代表の話をいただいて、何をやってもこれ以上悪くならないんだから思い切ったことができると考えたんです」(濵田さん)

濵田さんはサッカーに打ち込む少年時代を過ごし、大学ではスペイン語学科へ。卒業後はキャリアを積み、選手目線を持ち合わせたビジネスパーソンとしてサッカーの世界に回帰した。

英語・スペイン語・イタリア語を駆使しながら、海外サッカーの知見を吸収。FCバルセロナ ソシオ日本公式代理店の運営や、バルサアカデミーを手掛ける中で、久保建英選手のFCバルセロナ入団の仲介、U-12年代の国際大会などを手掛けてきた。

「うまくいってるものを引き継ぐ方が難しいんです。うまくいってるのになんで変えるんですかと言われちゃうから。奈良クラブはそういう意味で何でもできるし、成功できる絵が僕の中で描けています」(濵田さん)

「代表になってからはスペイン人の監督を呼んだり、エコノメソッドを取り入れたりしました。僕がバルセロナで見て学んできた方法を皆さんが応援してくれている状況だと捉えています。スペイン人と一緒に施設を作ったり、サッカーの成績面でも経営面でもうまくいっています」(濵田さん)

逆風の中で作り上げた新体制。その成果は経営面の数字にも表れ出した。

「代表になった一年目は営業赤字が6600万位で、売上は1億3000万位。売上の半分が赤字で倒産しかけていたところから、現在は売上が4億円を超えましたし黒字化しました」(濵田さん)

世界と戦う選手を育てる、経営者と強化部の二人三脚

奈良クラブが赤字の危機から黒字に回復し、チームの成績も上がっているのは、経営者である濵田さんと強化部が同じベクトルを向いていることも大きい。

「サッカーでは強化部と経営がバスっと分かれていることが多いんですよ。経営者が予算を決めて、強化部に出してやりくりしてもらう。ですが僕はスポーツ面も見るし経営も見ているので、一体化してるんです。会社のお金はチームを良くするためのありとあらゆることに使っていきます」(濵田さん)

「チームを良くするというのは、施設整備や選手の加入だけじゃなくて、クラブとしての体制を整えること。子供たちの育成などが全部直結していきます。内野さんにはアカデミー全体の動作改善や技術の部分を見てもらいます。コーチとして見るのはジュニアからトップまでですが、まずはユースBコーチになってもらいました」(濵田さん)

2024年のシーズンから、U18B担当のコーチ兼テクニカルダイレクターとして内野智章氏を登用。大阪府興國高校サッカー部で数々の優秀な選手を育てた経験を持つ指導者だ。濵田さんと内野さんは旧知の仲だったという。

「僕はバルセロナのサッカーを独学で勉強していて、2006年に興國高校の監督になったんですよ。2009年には濵田さんと一緒にスペインに行きました。僕にとって初めてのスペインです。衝撃を受けたと同時に、僕が独学で経験してきたことと通ずるものもありました。そんな中、濵田さんにエコノメソッドという育成法を紹介されたんです」(内野さん)

エコノメソッドとは、実戦を中心にサッカーに必要な知恵を鍛え、選手をさらにレベルアップさせる育成法。濵田さんと内野さんは、エコノメソッドに大きな意義を見出した。

「スペインに毎年行くたび、自分の中でぼんやりしていたものが1個ずつ整理されていきました。スペインでエコノメソッドを勉強する日本人の方も結構いらっしゃって、日本に帰って指導を始める方も出始めたんです。僕も絶対にエコノメソッドを入れるようにオーダーしてきたんですが、スペインの指導を取り入れると、日本人はそればっかりになっちゃうんですよ。言うことを聞きすぎちゃうのか、世界のトップの育成法なら正しいと思ってしまうのか」(内野さん)

「興國高校の監督時代、エコノメソッドで培った戦術が凌駕されるぐらい、相手チームの個人技でやられたこともありました。その時思ったのが、個人技を持ったチームがエコノメソッドで戦術的なことを正しく学んだら、手をつけられないチームになるんじゃないかということ。海外で戦える選手が出てくるはずと考えていたとき、久保建英君が日本に帰ってきて代表に飛び級選出されました。戦術も個人技もどちらも持っていたんですね」(内野さん)

当時の内野さんの頭の中で、いろいろなものが繋がっていった。

「戦術的な部分、指導者の促し、個人の技術の育成を進めていけば、すごい選手が育つと思いました。そうして実践していたら、2017年には興國高校からJリーガーが3人も出たんですよ。それからはプロへの選出が続き、大学を卒業してプロになる選手も出てきて途切れなくなったんです。奈良クラブにはエコノメソッドが一本柱としてあるので、海外で活躍する選手を奈良から輩出することもできると考えています」(内野さん)

「何かを始めることは、別の何かを否定する話じゃないんですよね。サッカーで言うと、ドリブルに重点を置いて教えることがパスを否定するわけではない。どちらもバランス良く必要なんですよ。ところが 偏りができてしまう。(エコノメソッドのような)スペイン人の教え方は賢い選手を育てるのにすごく良いんですけど、そこにフォーカスすると欠けるものもある。そこを埋めるために内野さんに入ってもらいましたし、僕らの信頼関係ならばできると思います」(濵田さん)

「サッカークラブはやはり、社長がサッカーをわかってないとしんどい。強化部長まではサッカーのことをわかっているけど、その上にいる社長が経営のことはすごくできるのにサッカーのことがわかっていないジレンマをよく聞きます。奈良クラブでは、濵田さんがヨーロッパのサッカーのことを一番勉強されています」(内野さん)

クラブと地域にお金を還元させる選手育成

強化部に内野さんを招き、経営部門との協働がますます期待される奈良クラブ。運営陣のディスカッションが活発になるほど、チームも盛り上がっていくはずだ。

「クラブとしては、トップレベルで活躍する選手の数を1人でも2人でも増やすということが最終的な勝利なんですよね。奈良クラブユースが日本の最高峰のプレミアリーグでプレーすることだけが大切なんじゃなくて、 優秀な選手を輩出することが目標です」(濵田さん)

重きを置いているのは、選手を伸ばすチームビルディング。それがいつか、クラブや地域のためにもなる。

「ビジャレアルは選手育成で100億円以上稼いでいます。人口が多くない街にグラウンドが20面位あって、クラブ施設も大きくて立派。そこで育った選手が移籍していき、クラブや地域に利益を還元する。スペインのそういうクラブ運営を、濵田さんと一緒にたくさん見てきました」(内野さん)

「エコノメソッドをできるだけ崩さずに、どれだけ個人技を落とし込めるか。 究極は世界で戦えるような選手の育成です。奈良県生駒市出身の古橋亨梧選手(興國高校出身)がまさにそう。奈良クラブでも選手を育ててJ1や海外で活躍してもらわないと。すると長いスパンですけど、最終的にはクラブにお金が継続的に入ってくる仕組みになります。奈良クラブなら実現できると思うし、自分自身のチャレンジであり学びでもありますね」(内野さん)

奈良から世界へ。その展望を現実にするためにも、地域一丸となってクラブを盛り上げるのが目下の目標だ。

「時間は進むものなんですけど、奈良の時間は進んでないような雰囲気がありますね。取り残されているとも捉えられますが、よく言うと守っているんだと思いますし、それが奈良全体の魅力に繋がってきます。ですが、発展させなきゃいけない部分と守らなきゃいけない部分のメリハリが付いていないなと感じています」(濵田さん)

「僕がやろうとしている取り組みは、もう少しメリハリを付けるためにスポーツを発展させること。一方でこれまで守ってきた奈良の良いものは残したい。皆さんで守ってきたものにどうやって味付けして付加価値を加えていくか。最近は、奥大和をみんなで活性化していることもそうですよね」(濵田さん)

クラブも地域もバランスを取りながら発展を続けるのが重要。奈良クラブはどんな風に2024年のシーズンを駆け抜けていくのだろう。

「今年は昇格を目指したチーム編成をしています。やってみないとわからないですが、良いチームになっているので昇格を目指したいですね」(濵田さん)

奈良を拠点に世界を見据える奈良クラブ。県内を隅々まで周りながら、100年先へ続く絆づくりにも力を注いでいる。ローカルが持つ可能性が見直される昨今、奈良クラブの躍進にも期待したい。

奈良クラブ

この記事の連載

この記事の連載

TOPへ戻る