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秘訣は“洗練させすぎない”サンダルで輝く作り手たちの誇り【ヘップサンダル】

ちょっとそこまで……にぴったりの履き物といえばつっかけだが「ヘップサンダル」という呼び名で親しまれてきたのをご存知だろうか? レトロなイメージが強かったヘップサンダルが、奈良の老舗履物屋によってスタイリッシュにアップデートされた。HEPは、1952年創業の川東履物商店が創設したブランド。気楽な履き心地はそのままに、カラーやデザインのバリエーションが豊富になり、ZUCCaとコラボも実施。一時は「ダサい」とそっぽを向かれたサンダルを人気商品に生まれ変わらせたのが、ディレクターの川東宗時さんだ。川東さんがヘップサンダルに見出した可能性、地場産業に懸ける想いとはーー。

ヘップサンダルから見える日本のノスタルジー

一目見れば、たちまちなんだか懐かしくなるのがヘップサンダル。映画『ローマの休日』でオードリー・ヘップバーンが着用したことからヘップサンダルと呼ばれるようになったが、日本ではどのように親しまれてきたのだろう。

「おじいちゃん、おばあちゃんの家にあるサンダルというイメージがあるかもしれません。昔ながらの日本の家は土間があったり、トイレや洗濯機置き場やお風呂が家の外にあったり、出入りがめちゃめちゃ多いんです。ということは靴の脱ぎ履きも多いし、一日に内と外を何度も往復する。踵がある靴だと面倒くさいんですね。だからヘップサンダルが生活道具として日本で親しまれてきたんじゃないかな」

「ところがライフスタイルが変化し、フローリングの家で暮らしが完結するようになると、海外製の履き物に置き換えられていきました。ですが現代でもちょっとコンビニに行ったり、宅配物を受け取ったり、さっと靴を履き替えることはありますよね。銭湯文化もノスタルジックなものが好きな若い人から人気。そこでHEPというブランドを作り、サンダルをアップデートしたんです」

HEPのサンダルを履いたユーザーからは、こんな声が届いている。

「履き心地が柔らかくて、インソールが良いと言ってもらえています。踵がないので荷物で両手が塞がっていても履けて、子育て中の方も使いやすいみたいです。通勤後にオフィスで靴を履き替える方もいて、デスク履きされている方もいますね」

現代のユーザーの心に響くようデザインは洗練されているが、原型への愛着も感じられる。

「地場でものづくりをしているからこその奥行きやコンテキストみたいなものがあるので、洗練させすぎないことを意識しています。全部を削ぎ落とすと、都心でただ新しいプロダクトを考えることと変わり映えがなくなってしまう。一番最初にリリースした2020年のモデルには、(従来の)フォルムを残しました」

2023年には人気シリーズのDRVをリニューアルし、履き心地や強度も改善。ヘップサンダルは現代のライフスタイルにもどんどん浸透しているのだ。

人々の足元を支えて70年、遂げるさらなる進化

奈良は履物の産地として栄えた歴史がある。川東さんも幼い頃から履物づくりが身近にあったという。

「川東履物商店は1952年に奈良県大和高田市で創業しました。この地域を中心に奈良は履物作りが盛ん。川東履物商店も地域と共にものづくりを営んできました」

大学卒業後はアパレル業界に進み、販売員から企画、生産管理、法人営業や展示会など多くの経験を積んだ。

「服の中でも特に古着が好きで。アパレルに就職したんですけど、それに近しいことが実家のサンダルで行われていることに気付いたんです」

2017年にUターンで故郷に戻り、翌年に家業を手伝ったり、テコ入れすることから始めた。すると、地域で働くシニア世代の姿が鮮明になっていった。

「バブル期にものづくりの拠点を海外に移した会社が多いように、父が手掛ける事業のシェアも海外製のものづくりがメインになっていました。ですが地元にはまだ、わずかながらサンダルを作っているおじいちゃん、おばあちゃんたちがいるのをこの目で見て、一緒にものづくりを始めたいと思ったんです。これもHEPを作ったきっかけのひとつですね」

HEPのブランドデビューは2020年。そこに至るまでに約一年半の準備期間があったという。

「家業をしながらデザイナーと会ったりして、ヘップサンダルを僕らなりに再解釈していました。ヘップサンダルはつっかけ履きとして日本の生活様式に親しまれていたものですが、死語になりつつあった状況。そこを受け入れつつ、今の暮らしに提案し直すことが重要でした」

「懐かしさだったり、人によってはダサくて可愛いと感じられますよね。それらを残しながら、素材やデザインをアップデートしました。(インソールの)厚みも違いますし、クッションの踏み心地も良くなっています。品質改良もしていて街履きできるので、ファッションシーンでも使っていただいています」

ヘップサンダルを取り扱うのは、セレクトショップから百貨店、雑貨屋、宿泊施設など多岐にわたる。ファッション界を牽引するブランドからも注目が集まるように。

「ジャーナルスタンダードさんでお取り扱いいただいたことも。2021年から2022年の2シーズンにかけてはZUCCaさんとコラボレーションできて、本当に嬉しかったですね」

HEPのサンダルを手に取る人の年齢や嗜好、ライフスタイルは実にさまざま。もちろん、奈良に暮らす人々にとっても身近な履物として人気が戻ってきた。

「奈良では中川政七商店さんなどに卸させていただいています。コロナ禍を経て『地元、いいよね』みたいな雰囲気になってきたと思います。銭湯の若い番台さんやクラフトビールを作っている友人、ホテルを営んでいる友人も履いてくれるんですよ。街で活躍する方たちの足元を支えてきたんだなと改めて感じています」

作り手の誇りと自信に繋がる地場産業

奈良の作り手と共にHEPを盛り上げてきた川東さん。「作り手さんに元気になってもらうのがミッションのひとつ」だと語る。

「僕がお世話になっているのは、御所市に住む60代から70代の作り手さんが多いですね。作り手さんたちは黒子に徹して、自分たちはフロントに立つポジションじゃないと思ってらっしゃるんですよ。なのでバイヤーやメディアが取材に来た時は、ちょっと強引にでも作り手さんを一緒に連れていき、ものづくりの現場を見てもらう機会を作ります」

「作り手さんたちは最初は恥ずかしがる方が非常に多いんですけど、様々な方に知っていただくことで、自分の仕事に対する自信になっていると思います。だんだん乗り気になってくれて『かっこいい写真が撮れたね』と言ってくれることも」

2023年6月には直営店舗「ヘップランド」をオープンし、ショップやギャラリー、倉庫、オフィスを1ヶ所に凝縮。ものづくりの担い手と買い手の距離がより縮まりそうだ。

「大阪、京都、神戸など遠方からのお客様が多いです。雑誌やインスタでHEPを知り、履いてみたいと思って来てくれた人もいます。地域の人も『地元にこんな場所あんねや!』と驚いてくれました」

「地元民だからこそ、通学路とか通勤路で毎日目の前を通っているけど、ここで何が行われてるかわからないことって多いですよね。ヘップランドをオープンしたことで、『ここでこんなことをしているんだ』と伝わっていったらいいなと考えています」

HEPがこれまでリリースしたさまざまな種類のサンダルの履き心地を試せるほか、面白い商品に出会うこともできる。

「ギャラリーも作って様々な履物を展示したりしています。こちらは“ベンサン”や“ギョサン”として親しまれているサンダル。これも地元、奈良で作られています。射出成形で作られるのですが、色のロットの切り替わる際に、工場の製造過程で色が混ざっちゃうこともあって、今までスクラップしていたらしいんです」

「でもこれって見る人によったら可愛いし、すごく個性的で。きちんと伝えると欲しい人が現れるのではと思って、工場からスクラップ前の新品を買い取って販売したらすごく人気が出ましたね」

物流倉庫では出荷前のサンダルや裁断機を垣間見ることができ、ものづくりの技術力や面白さを感じ取れる。HEPが辿ってきた軌跡を知りたいなら、オフィスにある「ヘップのあゆみ展」はでは、ブランド設立のプロセスや苦悩を読み解くこともできる。(現在は終了し別の企画展示中)

定期的にトークイベントなども開催しているこちらの空間では、ヘップサンダルを履きながらひと休みするのがおすすめ。

「設計士の方にもしっかりお願いして、いかに靴を脱がせるかというのが裏テーマ(笑)。来店したら、足のサイズに合わせて靴を履き替えてもらえるようになっています。これからのヘップランドの構想としては、足湯をやりたいですね」

未来につながるものづくりを作り手と共に

廃れかけていたへップサンダルのアップデート。ファッションブランドとのコラボ。へップランドという拠点づくり。家業に戻ってから、川東さんのエネルギーは燃え続けている。

「ものづくりをしている人や履き物の作り手さんへのクラフトマンシップをもっともっと強くしないといけない。僕がこの仕事を始めたときも『ようこんな業界来たな』という声ばかり。ヘップサンダルも下火でしたしね」

HEP構想から5年ほどが経ち、売上にも手応えを感じるようになった。

「需要に確信はありました。初年度はコロナ禍で苦しい中、1,000万円程の売上に。2023年の12月には約5倍に売上が伸び、地元を中心とした作り手さんへの発注量も増えたんです」

しっかりと売上を出すことにも重きを置いているのは、作り手たちの誇りや暮らし、将来への展望も考えているから。事務所兼居住地をリノベーションしたヘップランドにも、作り手の地位を守る意思が表れている。

「リノベーションする前のトイレは、汲み取り式トイレがひとつあるだけだったんですよ。作業環境が悪かったのかなと思いますし、新しい従業員が入ってくれるとなっても汲み取り式トイレじゃ嫌ですよね。当たり前のことが当たり前にできていない連鎖を変えたいと考えて、トイレを新設しました」

暮らしになくてはならない履物を作り続けるために、川東さんが大切にしているものとは。

「サンダルがちゃんと売れて、作り手さんに1年通じてきちんとお仕事を渡せたり、新しいスタッフが入ったり、それ位のことをしないとただ産地と呼ばれるものや、歴史的な文脈を搾取してるだけに過ぎなくなっちゃいます。継続して売上を上げていくことが大切ですね」

日本人の暮らしを足元から支え、彩ってきた履物づくり。ヘップサンダルが新しいスタンダードとして生まれ変わったように、作り手たちの手仕事はこれからも必要とされていくのだろう。

HEP(ヘップ)

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