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島の持つ「宝」を使って、新たな特産品を創る。越境するPRパーソンが目指す島の未来

出身地でも、親戚や友人がいるのでもない、離島へ夫婦で移住。地域おこし協力隊としてまだ任期を残す2年目に、すでに定住を決めて新会社を設立。島の特産品を使った新商品を続々企画・開発している起業家ーーそれが、鹿児島県喜界島に住む谷川理さんだ。

手がけた商品は、島の在来柑橘を使ったクラフトビールなどのドリンク類から、地元産の黒糖や塩などを利用したおつまみまで。友人と立ち上げた会社「株式会社HOWBE(ハウビー)」のWebサイトには、開業1年ほどですでに6~8品ほどのラインナップが並ぶ。気候や土壌に恵まれて農業が主要産業である喜界島。商品開発の素材にも事欠かないが、とはいえ商品開発はまったくの未経験。おまけに元々縁もゆかりもなかった移住者……何がその開発力とスピードを実現させているのか。島に至るまでの思いや来島以降の変化、目指す未来……そこには小さな地域の中で、大きな世界を見据えて新たな価値を共創するためのヒントが、たくさん詰まっていた。

2〜3年おきの転勤生活から「自分たちが好きなところに住む」へ

美しい海に囲まれた南国の島への移住。憧れつつも、なかなか踏み切れる人はそう多くない。仕事や住まいはどうなるのか、交通機関を使ってどこにでもいける街の暮らしと比べると、まったく異なる環境下で、うまく馴染んでいけるのか。妻の友里さんと夫婦で移住した谷川さんも、昔から島への移住を前向きに検討していたわけではなかった。

「もともとの出身地は世田谷です。その後、新卒でパルコに勤めてからずっと転勤族でした。2〜3年おきに転勤し続けるよりは自分が好きなところで過ごしたいと思って、移住先を考え始めました」

夫婦で2〜3年ごとに住む土地を変える生活。旅好きな気質もありそれはそれで楽しかったが、30代後半から40代以降を見据えた時に、疑問を感じ始めたという。特に引っ越し先に職場仲間がいる谷川さんと異なり、友里さんにとっては一から関係性を構築しないといけない。負担をかけていることも気になった。早速夫婦で定住する候補地のリサーチを開始。「好きな場所」として考えた時に、以前、旅行で訪れてその文化や風景に魅了された奄美群島の中から、島の魅力を島外に発信するPR業務をしてくれる地域おこし協力隊を募集していた喜界島にたどりついた。まさに自分の職歴を活かせる条件だと思った。

「今までの自分がやってた仕事を活かせるような求人があって、家が見つかったと言うのもあったので。離島移住ってやっぱり仕事と住まいが両方見つからないと踏み出せないから、これを逃したらちょっと島に移住もできないんじゃないかなと思って」

喜界島の移住担当者とのオンライン面談などを通して不安な点はなるべくクリアにしていきながら、夫婦で相談した結果、移住を決めた。そして移住2年足らずで、新会社をつくるまでに至る。

「喜界島がすごく自分には合っていて、島にずっと住みたい、その後も残りたいなと思って。だから島の中で新しく仕事、生業を作るために新しく会社を作ったんです」

「人が優しい」から移住者も新商品開発も「歓迎される」

それほどまでに喜界島に惹かれた理由とは? 谷川さんに尋ねると、こう返ってきた。

「喜界島って人が優しいんですよ」

南国の島、と聞くとゆったりおっとりした気風でどこもそうなのでは?と、思ってしまいがちだが、実態はそうとも限らないという。というのも、産業構造と暮らしが背景にあり、また、そしてこの背景が、彼らの新商品開発がスムーズに行われていることにも直結している。

「今の喜界島の場合は、主要産業として農業と観光の2つがあるんです(注:喜界島の主な産業はサトウキビを中心とした農業。島全体の39%の面積を占める)。農業もしっかりやっていて、観光で100%ではない。人口が減っているのはどこも一緒、共通の課題を抱えているという中で、移住者が来てくれるということに対して『よく来てくれたね』とすごく言ってもらえる」

人口減少という課題は同じなのだが、産業が観光に集約されていると、観光で訪れたときの感動のままに移住した場合、同業の仕事を移住者が始めた時に対立が生まれてしまうことが少なくないのだという。狭い経済圏の中で島として受け入れられる人数は決まっている。であれば、同じ業種が乱立したら……。もともと住んでいる島の住民からしたら、手放しで喜べる状態ではない。

「喜界島のものを使って、新しく商品作りをしたり、その商品などを使って新しく島のことを知ってもらう取り組みをしたり、島の持つ『力』を使いたいという人に対しても、応援しよう、といった空気があるんです。なので、『新商品をつくる』ことは、心がけてます」

「どこにでもある地元のみかん」が、どこにもないクラフトビールに

そうしてできた商品の一つが、島の在来種であるミカン「シークー」を使ったクラフトビール「WAN50」だ。

「喜界島は、珊瑚でできてる土壌で、在来の柑橘類が豊富なんですよ。その中で島のみんなにポピュラーに食べられてるのは、別のミカン。シークーは種が多くて、食べると酸味がちょっと強め。だけど、皮の香りはめちゃくちゃいいんです。だから、シークー自体はどこにでも生えていて、しかも食べられるミカンでもないから、食べられずに鳥の餌になっちゃう事もしばしば。香りのポテンシャルが高いのに中々注目されてこなかったミカンなんです」

「良い商品をいち早くリリースする」は、役割分担できたからこそ

このビールの誕生には、島の外の人であるもう一人の存在が欠かせない。HOWBEの共同代表の藤倉周さんだ。谷川さんとは、中学・高校の同級生。谷川さんが移住したのをきっかけに、島に何度も訪れるように。そこから島の特産品で新しい商品をつくろう、と意気投合したという。藤倉さんは音楽業界でアーティストのツアーグッズなどを手がける会社の経営者だ。

「彼はそうしたもの作りがすごく得意。喜界島の素材を、どういうふうに手を加えて形にすると、新しい商品ができるかということは、彼が頑張ってくれています。島内で、(設備がないので)どうしてもビールが作れないので、島外で喜界島の素材の良さを理解して島のビールを作ってくれるブルワリーの人を見つけてきたりとか、ただ素材を丸投げするのではなく、最後の最後まで喜界島の素材の良さを生かして美味しくする為にはどうしたらいいかをOEM業者と徹底的に調整して商品づくりをしてくれました」

谷川さんが担ったのは、商品に生かす素材を発掘するための地元生産者の連携、商品開発から流通にのせるために必要な資金調達、商品の販売促進やPRなど。PRと資金調達を同時に叶える手段の一つとして行ったクラウドファンディングも、谷川さんの担当領域だ。2023年4月からたった2ヶ月の間に、326人から4,834,000円の資金を集めることに成功。達成率241%の快挙だった。

すでに島に備えられた設備を使う、既存の産業の延長にある商品開発ではない。それでも先に触れた通り、商品開発が異例のスピードで進む理由の一つは、この「役割分担」にあった。

商品開発が目的じゃない、あくまでも「島のPR」である

さまざまな商品を生み出している谷川さんだが、特産品メーカーになることが目的なのではない。自分のなすべきことの軸足はあくまでも「喜界島のよさを島外に伝えるPR」にこそあると、彼はブレがない。だからこそ「すべての過程を島内で完結させる」ことや「素材をすべて島のものに」することに対してのウエイトは軽くして、製造については、島外の「作り手のプロ」である全国の作り手企業から喜界島の素材を使った味づくりを一緒に膝をつき合わせて行ってくれる企業を厳選し商品づくりを行っている。

「やっぱり島の中で全工程ができたら、それにこした事はないしあるべき姿だと思います。けれど、我々の思いとしては、価値のある、いい素材がいっぱいあるのに、それらがまだ日の目を浴びてないという喜界島の『もったいない』ところを改善したい。早く形にして、いろんな美味しいものが喜界島にあるよっていうのを、知ってもらいたい。そのためには、最初は島外の製造業者さんと一緒に商品作りをする方が、スピード感をもって多くの商品を生み出す事ができると考えました。逆に、最初にクラフトビール屋さんとして喜界島の中でビールを作るとなると、安定するまでは、ビール屋さんしかできなくなっちゃうと思ったんです。それでは遅いなと」

「自分は、島のPRとか物産展で喜界島のものを売っていく(にはどうしたら良いか)みたいなところから入っているんです。喜界島にはいい素材がいっぱいあって、 売れるものもあるんですけど、まだまだ商品を作ってるプレイヤーが少なくて、商品の種類が少ないんですよね。だから、(販売するお店の立場から見ると)売り場の奥行きがあまり取れない。それが売っていてもったいないなと思ったんです。もっといろんな商品があれば、喜界島ブランドが打ち出せるなと」

長期的に見て、島の商材で「棚」をどうつくるかを考える。ーー食品からインテリア、雑貨まで幅広い種類の商品を広く取り扱い、催事のような企画展示を行う百貨店、そこでの職務経験で培われた視点ならではだ。

「PR」(パブリックリレーション)は、ある商材やサービスの認知を広げるための話題や関係性づくりであると、しばしば表現される。谷川さんの「PR業」は、喜界島をPRするために特産品を作るという、既存の枠組みを大きく越境してしまっているように見える。しかし話を聞けば聞くほど、彼の軸は「PR」にあることからぶれていない。自分に求められた役割を、真摯に他者との関係性の中で築き、人を引きつけ、アウトプット(商材や企画)に結実させる。

(喜界島の喜界町役場の企画観光課の主査を務める實 浩希さん。谷川さんはじめ地域おこし協力隊を率いる頼もしい兄貴分のような存在だ。また関わりを持ちたいという意思を持つ移住者や取材陣にも熱意を持って接してくれる)

近年、優れた起業家を育むための理論として、経営学や経済学の領域で注目されている言葉に「エフェクチュエーション(effectuation)」がある。不確実性の高い現代において、自身がすでに有している知識やネットワークをベースに問題解決策を編み出し、外部を競合と捉えず新たに関係性を築きながら価値を創造していく。そうした行動精神を指す理論だ。

新しい価値を生むための素材、開発のための環境、それを支える島人の気風、そしてエフェクチュエーションを実践する人材を呼び寄せるなにか……起業家が生まれるための土壌が、この島には豊かに備わっているのかもしれない。

HOWBE

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